忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

カメラのない土曜日

4月24日、土曜日。

この日、職員Kは午前中から1人で外出、
戻りは午後2時過ぎの予定。

11時半過ぎ、同じく1人で外出していた職員Yと、
駅前の讃岐うどん屋「一代」さんで待ち合わせ、昼食。

食後、2人で役場まで帰る道すがら、
程良く冷たい薫風と、透き通った日の光と、
羊雲が浮かぶ青空の気持ちよさに思わず頬が緩んでくる。

私にとっては絶好の「カメラ日和」だったのだが、
前日、出稼ぎ先にカメラを置き忘れてきており、


   「あーー写真が撮りたいっ」


ボヤいていると隣を歩くYが一言、


   「たまにはカメラじゃなくて、目玉に焼き付けてみたら?」

あ。

なるほど・・・

カメラがないことを嘆いていてもしょうがないので
(何かを嘆き続けることが大変難しい
 気持ちのよい午後でもあったので)、
アドバイスに素直に従い、
道々、心が動いた風景に目を留め、
じわーーと見つめてみる。

アスファルトの路地に置かれた、
鉢植えのチューリップの赤が風でゆらゆら揺れている。

チューリップだけじゃない、
その眺めは写真のように固定されてはおらず、
全体が揺れ動いている。

瑞々しい。

揺れるたびに、花の赤が白く光るアスファルトの上に滴り落ちるようだ。

すっかり楽しくなって、
あっちを眺めこっちを眺めしながら役場へ向う。

ここのところの陽気からすると、
今年の春は、好天はとても貴重かも。

そんな思いが頭をかすめる。

屋内にいるのがもったいなくなり、
一度役場に戻って一服してから、
Yと2人で近くの公園へ散歩にいく。

行先は、先週の日曜日、
買い物の途中に通り抜けたこの公園↓。
http://akaruij.blog.shinobi.jp/Entry/127/

途中、踏み切り際の小さなパン屋さんに寄る。

私は迷わずチョココロネパン、Yは迷ってメロンパンを購入。

通りの自販機で
ミネラルウォーターの小さなボトルも1本買い、
踏切を渡って公園を目指す。

道端の木は、一週間でどれも葉の緑が増えている。

藤の花はようやくほころび出したようだ。

道中、


   「ああ、カメラを持ってたら、これ絶対に撮ってる・・・」


という風景に出会う度に、じわーーーと見つめてみる。

柳の若葉は、日をあびて、
一枚一枚がまるで細長い小さな鏡のように光っている。

そして細かな光のモザイクは、
青空を背景に風に揺れて刻々と変化する。

見ていて飽きない、ついつい立ち止りがちになる。

公園に着く。

あちらこちらで風景を眺めていると、
いろいろな音が聞こえてくる。

風が木を揺らす音。

ヒヨドリやハトの鳴き声。

子どもたちの笑い声。

音を聞きながら、
この時期の明るい陽光だけが作ることのできる、
くっきりとした心地よい木陰の下から、
高い木々が織りなす光と影の巨大な織物を見渡す。

織物の複雑な模様は変化し続ける。

地面に落ちた枯れ葉や土の匂いもしてくる。

ひとしきり歩く。

日のあたる適当なベンチを見つけて、
Yと2人で腰かけ、
チョココロネパンとメロンパンを食べる。

パンを齧り、水を飲みながら、
風に揺れる高く大きな一本の木の緑から
目が離せなくなる。

どうして粉々になってしまわないんだろう?

無数の光の細部は、勝手気ままに動きながら、
どうして一つにまとまったままでいられるんだろう?

そんなことを思っている内に、
たった1本の木が、
陽光にきらめく広大な緑の海原のように見えてくる・・・

カメラが切り取る手前にある世界。

写真はきっと、輝きを変えながら動き続ける、
この不可思議な世界から命をもらうんだろう。

もしもこの世界に興味を失ったら。

写真を撮ることに、何の喜びもなくなるだろうな。

私の隣でメロンパンを齧り、
木々の緑にじっと目をこらすYの横顔を見ながらそう思った。

PR